UZUZ

S.MIZUNO

S.MIZUNO

マーケター

北海道出身で高校卒業後、東京学芸大学にて天文学を専攻。大学院へは進学せず、大手営業代理店に入社。約2年半在籍したのち、かねてより興味を持っていた映画製作の仕事を始める。助監督して様々な映画作りに関わったものの、腰を痛めてしまい、退職。その後、小学校の同級生である代表岡本からの誘いと自身のキャリアチェンジのため、UZUZに転職。現在はUZUZのWebマーケターとして、日々業務にあたっている。

「稼ぐ手段」の光回線の営業マンから、「小さい頃から好きだった」映画の世界へ

北海道旭川市で生まれ育ち、大学進学を機に上京しました。3年生のときに就職活動をスタートして、ある企業から内定をもらいました。しかし、当時の自分はやりたいことがハッキリとしておらず、何となく内定を辞退し、もっと腰を据えて将来のことを考える期間も欲しかったため、大学院進学へと進路を変更しました。

ところが、院試の勉強をする過程で再び迷いが生じてしまいます。「大学院に進学して本当に良いんだろうか?」という気持ちに襲われ、結局は院試を受けませんでした。

人生の方向性に迷っていても、大学生活のタイムリミットは近づいていました。「とにかく働かなければ!」と思い、4年生の10月に再び就職活動を再開し、運良く内定をもらうことができました。光通信という会社に入社し、光回線の販売営業を担当しました。一日に何百件も電話をかけましたが、たいてい断られてしまうので精神的にキツい仕事でした。しかし、めげずにテレアポを繰り返していると、受注数も徐々に増え、売上が上がっていきました。

営業をやっていましたが、お世辞にも私は営業トークが上手いとは言えませんでした。でも、お客様と仲良くなるのはかなり得意だったので、それが受注に繋がったのだと思います。この仕事を通して、営業は「喋りの上手い下手に左右されない」と実感しました。

やればやるほど結果が出るようになり、1ヶ月間で30件以上の受注を獲得したこともあるほど、好成績を常にキープできるようになりました。しかし、光通信で働き始めてから2年半が経ったころ、精神的にも肉体的にも限界に来ていることにふと気づきました......。このまま体を酷使し続ければ倒れてしまうと不安に駆られ、会社へ辞表を提出しました。

退職後は、貯まっていた給料を元手に、以前から興味があったFXを始めました。最初は損をすることもありましたが、少しずつ稼げるようになっていきました。

FXである程度稼げるようになり、生活も安定してきたので、「自分の好きなことをしたい」と思うようになりました。子供の頃から映画が好きだったので、制作に携わる助監督になろうと決意し、学校に通うことにしました。

華やかな世界を裏で支える仕事の「過酷さ」を知った映画の仕事

映画制作の学校で一年間勉強した後、運良くある映画の制作部に参加することになりました。アシスタントプロデューサーとして現場で働き、お弁当や新幹線の切符の手配、ゴミの処分に運転...下っ端だったので、色んなことをしましたね。一日3時間睡眠の30連勤で、死にそうでした。

非常に大変な中、役者さんとお食事する機会があったんです。高校のときからテレビで見ていた役者さんが「水野さん」って名前で呼んでくれて、仲良くしてくれて......現実じゃないみたいでした(笑)。役者やスタッフと交流できる時間があったから、クランクアップまで乗り切れたんだと思います。

その後も数本の映画に携わり、助監督もすることができました。しかし続けるうちに、あまりの苛酷さに「このまま働き続けるのは難しいんじゃないか?」と思うように。故郷の北海道に帰りたい気持ちも募り、今後の働き方に迷いが生まれました。

そんな中、助監督を担当した映画の撮影で、役者に演技の仕方を見せる機会がありました。片手にそれぞれ20キロのダンベルを持ち上げたところ、一発で腰を壊してしまったんです。病院に行ったら、医者に「全治3カ月です」と言われてしまいました。このとき「これ以上映画の世界で働くのは限界かな......」と感じるようになりました。

マーケティングは、集客に関わる責任のある業務

ちょうどその頃、UZUZの副社長である岡本から連絡をもらいました。彼とは小学校からの同級生で、近況を聞かれて腰を壊したことを話すと、「それなら、うちの仕事手伝ってよ」と誘ってくれたんです。

そこで2016年の10月から、WEBマーケティングの部署で働きはじめました。マーケティングと言っても、かなり幅広い業務を担当していて、主にUZUZのサービスへの登録者を増やすために、どのサイト経由での登録が多いのかを分析したり、効果的に広告を出すための設定変更などの仕事を行っています。

UZUZに転職した当初は、注意を受けたら「でも...」と相手にまず反抗し、頭の中で考えを整理せず話してしまうクセがありました。社員が本音を言い合う「ぶっちゃけ大会」というイベントがUZUZにはあるのですが、その会で複数の社員から指摘されたことで、反抗する癖を直そうと本気で意識するようになりました。すると相手の意見をちゃんと聞いた上で、気持ちを話せるように徐々になっていきました。プライベートでのコミュニケーションの取り方も、UZUZに入ってから変えることができたと思います。

今はまだ、マーケティング1年目なので慣れないこともありますが、非常に責任のある業務だと日々感じています。人材サービスの会社は登録者が集まらなければ、会社の経営自体が成り立たなくなりますから。

今後はもっと効率良く業務を進め、情報収集を怠らずに視野を広く持ち続けたいと思います。また自分の部署のみならず、カウンセラーやCS(カスタマーサポート)といった他部署の業務状況も把握し、マーケティングの視点に立った改善点を各部署に提案していきたいですね。

OTHER MEMBERS

その他のメンバー

H.OKAMOTO(岡本 啓毅)

代表取締役社長

S.KAWABATA(川畑 翔太郎)

専務取締役

T.KAWAHARA(川原 敬史)

常務取締役

Y.HABARA

経営企画

Y.MIYOTA

広報/マーケティング

S.SHIRAKAWA(白川 聖悟)

執行役員
ESES代表取締役社長
Otaks代表取締役社長

T.AKASHI

エンジニア

M.MICHIHATA

管理部

A.KUSANO

編集/ディレクター

Y.YANAGIDA

リクルーティングアドバイザー

R.HAYASHI

リクルーティングアドバイザー

R.MORI

講師

C.SAKAE

デザイナー

S.MIZUNO

マーケター

A.IMAYAMA

リクルーティングアドバイザー

Y.AZUMA

マーケター

S.FUJITANI

CTO
Otaks取締役

Y.YAMAGUCHI

編集/ディレクター

F.YOSHIUCHI

キャリアアドバイザー

K.MIYAKE

リクルーティングアドバイザー

R.FUDA

キャリアアドバイザー

M.TSUGANESAWA

キャリアアドバイザー/ESES(グループ会社)営業

H.UENO

プログラマー

S.SUGAYA

リクルーティングアドバイザー

H.YASUDA

キャリアアドバイザー

Y.MIYOSHI

サポートチーム

T.USAMI

キャリアアドバイザー

T.INOUE

キャリアアドバイザー

M.IMAEDA

キャリアアドバイザー

S.ISHII

キャリアアドバイザー

S.WAGATSUMA

リクルーティングアドバイザー

C.NONAKA

管理部

D.KAWAI

ウズウズカレッジ講師

T.TASHIMA

キャリアアドバイザー

K.OBATA

キャリアアドバイザー

J.OTANI

キャリアアドバイザー/ESES(グループ会社)営業

Y.SUISHU

キャリアアドバイザー(大阪支店長)

T.MIYAMA

キャリアアドバイザー

R.SHIGETA

キャリアアドバイザー

K.OKADA

キャリアアドバイザー

E.WAKABAYASHI

キャリアアドバイザー

T.WATANABE

キャリアアドバイザー

M.KOKUBO

キャリアアドバイザー

K.ASAMI

情報システム担当

S.WATANABE

マーケター

Y.TANAKA

キャリアアドバイザー

T.SUGIMOTO

編集/ディレクター

K.TANABE

キャリアアドバイザー

J.FUJITA

キャリアアドバイザー

R.KURIHARA

キャリアアドバイザー

K.TOKUDOME

リクルーティングアドバイザー

S.IWATA

ウズウズカレッジ講師

MOCO

コーポレートドッグ(就活犬)