UZUZ

SHOTARO
KAWABATA

川畑 翔太郎

専務取締役

1986年生まれ。株式会社UZUZ専務取締役。鹿児島出身で高校卒業後、九州大学にて機械航空工学を専攻。大学院へは進学せず、住宅設備メーカーINAX(現:LIXIL)に入社。1年目からキッチン・洗面化粧台の商品開発に携わるも、3年目に製造へ異動し、毎日ロボットと作業スピードを競い合う筋トレの日々を送る。高校の同級生である今村からの誘いと自身のキャリアチェンジのため、UZUZ立ち上げに参画する。

軸の全くない就活。大学推薦をもらって大手メーカーに入社。

鹿児島県姶良(あいら)市で生まれ、少年時代は映画や漫画ばかりの生活でした。高校ではバスケ部に所属し、進学校だったので周囲に流されるように勉強もしました。九州大学の工学部機械航空工学科に進学後、合コンやイベントに参加するのが楽しくて全く勉強はしていませんでした。

 

卒論を書き始めたのは4年生の冬で、170人中168番という成績だったこともあり、大学院には行かずに卒業しました。言い訳っぽくなるのですが、大学の同級生たちと雰囲気も合わないと感じていましたし、何より親に経済的な負担をかけたくないという思いもありました。

 

昔から1番手よりもそれを支える2番手という立ち位置が好きでした。学生時代にバンドを組んでいた時もボーカルを務めていたのですが、「いかに目立たないか」を考え、ステージではドラムとボーカルの配置を入れ替える提案をしたこともあります。

新卒の就活のやり方は、就活ノウハウ本の受け売りでした。就活本には「好きなことを仕事にしよう」と書かれていたので、大好きな映画に関わる仕事に就こうと思い、最初は広告代理店やテレビ局などを片っ端から受けました。選考が行なわれるのが東京や大阪だったこともあり、たった2回面接に行っただけで就活資金が底をついてしまいました。それに加えて「自分は本当にその仕事がしたいのか?」と疑問を感じ、結局就活の方針を変更しました。

 

それから理系としての就活に完全に切り替え、住宅設備などを扱う株式会社INAX(現:株式会社LIXIL)へ大学推薦で入社することになりました。

組織の都合でキャリアが左右される大企業への不信感。そしてUZUZへの参画。

株式会社INAXに入社し、愛知勤務になったことで寮生活がスタートしました。新卒同期の仲間は院卒が多く、入社後の新人研修から敗北感を感じる毎日でした。業務で使用するPCの扱いすらままならない上、電話の取り方もわかりません。それでも、一つ一つできることを地道にやり続け、できないことを克服していきました。キッチンの商品開発を担当していたのですが、徐々に評価され、設計の仕事も任してもらえるようになりました。

 

入社2年目の期末、翌期から始まる大きなプロジェクトへの起用が決まっていたのですが、急に部署間のパワーバランスで商品開発部から製造部への異動という辞令がありました。この異動は出世コースから外れることを意味しており、この会社での自分のキャリアはほぼ終わりという状況になります。悲観的になると共に、組織の都合で自分の人生がこんなにも簡単に変えられることに強く不信感を感じていました。

とは言え、腐っていても仕方がないと製造部での勤務にも慣れてきた入社3年目の年末に人生の転機がありました。地元に帰省をした際、中学・高校の同級生だった今村(現UZUZ代表)が「東京で起業する」という話をされました。自分と今村の間に大きな差を感じ、「俺ってこのままだと一生こいつに勝てないな」と思いました。

 

すると、2月に今村から電話が来ました。「うちの会社に転職しない?」これは大きなチャンスだと直感でわかりました。

 

その場で転職する旨を伝えて、3日後には会社に辞表を出しました。レンタカーに荷物を詰め込んで東京に引っ越したのは、その1ヶ月後でした。心機一転、坊主頭にした当時の写真は今見るとちょっと笑えます。どんな会社かも知らなかったし、親にも転職は告げずに上京しましたが、あの時のワクワクした気持ち忘れられないです。

足りないものを埋めるのに必死だった転職1年目。

UZUZは、第二新卒・既卒に特化した人材紹介事業を行う会社です。上京したその日から、就職を希望する候補者の方との面談が始まり、本当に毎日が手探り状態でのスタートでした。全く畑違いの営業のような人と話す仕事に適応できず、うまくいかない日々を過ごしました。

 

毎日5時に起きて出勤しつつ、求人情報を覚えていました。会社の業績が厳しい状況だということは知っていたので、お荷物にならないように自分自身にプレッシャーを掛け続けました。結果が出せるようになったのは入社してから1年が経過したくらいだったと思います。やっと自分がUZUZのメンバーになれた、足りないものを埋められたと感じました。

仕事がうまくいくようになった転機は、これまでの自分の経験値を仕事に活かすことができるようになったからだと考えています。理系学生との面談では、専門用語がわかるため、深くその人の強みを理解できますし、何より話を理解してくれるだけで相手は信頼してくれます。

 

また、Webサイト制作やコンテンツ制作のディレクションを担当するようになり、前職の経験も活かすことができました。ものづくりの流れを理解しているだけでなく、制作側の意図や気持ちを理解している点はかなり大きなアドバンテージだと思います。

人との繋がりを大切に。「もっといいもの」を追求するチーム作り。

最近は新規事業として企業の採用ツールの企画から制作、運用まで代行するサービスを立ち上げました。

 

その中に「UZUZ編集部」というフリーランスのライターを組織して、企業のコンテンツ制作や取材記事の制作を代行するチームがあります。質にこだわったものづくりができるように、ライターのモチベーションには気を配っています。みんなが気持ち良く働ける環境整備やコミュニティの維持に関しては、責任者として改善を繰り返しています。

 

たくさんの選択肢の中からUZUZを選んでもらえるように、これからも一つ一つの仕事に丁寧、かつ真剣に取り組んでいきたいと思います。

昔から個人で目立つことはあまり好きではありませんでした。でも、不思議とUZUZが人から褒められると無性に嬉しくなります。会社のことや自社サービスについて、「知ってるよ!」とか「良い会社だよね〜」って言われるとにんまりしてしまう時もあります。

 

UZUZが周囲から魅力的に見られるようにもっと会社として、サービスとして、そして人として成長していきたいと思っています。単純に売上を上げるだけではなく、サービスの質や社会への影響度でも一目置かれる存在になりいたいです。これからもUZUZに関わる人やクライアントとの関係を大切にして、自分自身も「カッコいい大人」になりたいと思います。